矯正治療で整えるのは「歯並び」だけではありません。上下の歯がどのように噛み合っているか(咬合接触)、そして顎がどの位置で閉じているか(顎位)——この2つが乱れていると、どれほどきれいに歯を並べても、治療後に顎の痛み・頭痛・歯ぎしり・再び噛み合わせがズレるといった問題が起こりやすくなります。
当院では、矯正治療の診査・診断において咬合診査(咬合接触の評価と顎位の確認)を必ず実施しています。歯並びの見た目だけでなく、顎関節・咀嚼筋・咬合のバランスを含めた機能的な口腔環境の全体像を把握したうえで治療計画を立てることが、当院の診断方針です。
本記事では、咬合診査の具体的な内容・顎位の評価方法・顎関節の診断との関係について詳しくご説明します。
咬合診査とは何か
咬合診査とは、上下の歯の噛み合わせ(咬合)を多角的に評価する検査のことです。矯正治療における咬合診査は、単に「噛めているかどうか」を確認するだけでなく、以下のような情報を系統的に収集します。
咬合診査で評価する主な項目
- 咬合接触の分布:どの歯がどの程度の強さで咬合しているか。左右・前後のバランスが均等かどうか
- 早期接触・咬合干渉:特定の歯だけが先に当たる「早期接触」や、顎を横に動かしたときに邪魔になる「側方運動干渉」の有無
- オーバーバイト・オーバーJet:前歯の上下的被蓋(垂直的咬合深度)と水平的被蓋の量
- Midlineのズレ:上下の前歯の中心線が正中で一致しているか、左右どちらにずれているか
- 咬合高径(垂直的咬合高さ):口を閉じたときの上下顎間の距離が適切かどうか
- アングル分類:大臼歯・犬歯の咬合関係によるClassⅠ/Ⅱ/Ⅲの分類
咬合紙・咬合検査フィルムを用いた接触評価
当院では、咬合接触の状態を客観的に把握するために咬合紙(アーティキュレーティングペーパー)および咬合検査フィルム(シム・ストック)を使用します。
咬合紙による接触マーキング
薄い着色紙を上下歯列間に挟んでかみしめてもらうことで、接触した歯面に色がつきます。これによって、
- どの歯が強く当たっているか(強い接触部位のマーク)
- どの歯がほとんど当たっていないか(接触が弱い・ない部位)
- 前方・側方運動時に干渉している部位
が視覚的に確認できます。矯正治療の各段階(調整のたび・主要ステージ移行時・治療終了時)で繰り返し実施することで、咬合の変化を客観的に追跡します。
シム・ストックによる接触強度の確認
8μm(マイクロメートル)という極薄のフィルムを使い、「フィルムが引き抜けるかどうか」で接触の強さを確認します。均等に引き抜き抵抗があるかどうかで、左右・前後の咬合力バランスが評価できます。
顎位の評価|「どこで噛んでいるか」を正確に把握する
顎位とは、下顎骨(下顎)が位置する空間的な場所のことです。日常的に噛み合わせているときの顎の位置(中心咬合位:Maximum Intercuspation, MIP)と、顎関節が本来あるべき位置(中心位:Centric Relation, CR)が一致していることが理想的な咬合とされています。
中心咬合位(MIP)と中心位(CR)のズレ
多くの患者さんでは、MIPとCRの間にわずかなズレ(CR-CO スライド)があります。このズレが大きいと、顎関節や咀嚼筋に継続的なストレスがかかり、以下のような問題の原因となることがあります。
- 顎関節症(顎の痛み・クリック音・開口障害)
- 頭痛・肩こり・耳鳴りなどの遠隔症状
- 歯ぎしり・食いしばり(ブラキシズム)の増悪
- 矯正治療後の再発・後戻りのリスク増大
当院が行う顎位診査の方法
- バイマニュアルテクニック(両手誘導法):術者が両手で下顎を誘導しながら中心位での咬合接触を確認。MIPとCRのズレの方向・量を触診で評価する
- 咬合器へのマウント:精密模型をフェイスボウトランスファーを用いて半調節性咬合器にマウントし、中心位での咬合状態を再現・分析する
- 下顎運動の観察:開口・閉口・前方運動・側方運動の際の下顎の動きを観察し、偏位・制限の有無を確認する
顎関節の状態を診断する
咬合のズレが長期間続いた結果として、顎関節に変化が生じることがあります。矯正治療前に顎関節の現状を正確に把握しておくことは、治療方針の決定と患者さんへの適切なインフォームドコンセントのために不可欠です。
顎関節診査の内容
- 触診(関節頭・咀嚼筋):外側翼突筋・咬筋・側頭筋などの咀嚼筋、および顎関節部(耳珠前方)の圧痛の有無を確認する
- 開口量の計測:最大開口量(正常は40〜50mm以上)を計測し、開口障害の有無を評価する
- クリック音・クレピタス音の確認:開口・閉口時の関節音(パキッという音:クリック、ジャリジャリという音:クレピタス)の有無・タイミングを確認する
- 開口路の偏位:口を開けたとき下顎が左右にずれるかどうかを確認し、関節円板の転位方向を推定する
- 疼痛・症状の問診:顎の痛み・開口時の不快感・既往の顎関節症治療歴などを詳しく聴取する
CTによる顎関節の骨形態評価との連携
触診・視診による臨床的診査に加えて、顎関節症の既往がある方・クレピタス音(骨と骨が擦れる音)が確認される方・開口障害が強い方には、前述の歯科用CT(CBCT)による3次元骨形態評価をあわせて実施します。関節頭の骨吸収・変形・左右の非対称性を立体的に把握することで、外科矯正が必要かどうかの判断精度も高まります。
咬合診査の結果が治療計画に与える影響
咬合診査・顎位評価・顎関節診査の結果は、矯正治療計画に直接影響します。主な例を以下に示します。
| 診査結果 | 治療計画への影響 |
|---|---|
| MIP-CRスライドが大きい | 中心位を基準とした治療計画に修正。必要に応じてスプリント療法を先行させる |
| 早期接触・側方干渉がある | 矯正治療のどの段階で干渉を解消するかを計画に組み込む |
| 顎関節症の活動期(疼痛・開口障害あり) | 矯正治療の開始前にスプリント治療・理学療法で顎関節を安定させる |
| 顎関節の骨変化(関節頭吸収) | 矯正治療中も定期的にCTモニタリングを実施し、骨変化の進行を監視する |
| 咬合高径が著しく低い(低位咬合) | 咬合高径を回復しながら歯列を整えるステップを治療計画に加える |
患者さんからよくいただくご質問
Q. 顎が痛い・口が開きにくいのですが、矯正はできますか?
顎関節症の症状がある場合でも、矯正治療ができないわけではありません。ただし、顎関節症が活動期(痛みや開口障害が強い時期)には、まず顎関節を安定させる治療(スプリント療法・理学療法など)を先行させてから矯正を開始するのが当院の方針です。矯正治療が顎関節症を悪化させることのないよう、慎重に計画を立てます。
Q. 噛み合わせのズレは矯正で治りますか?
歯性のズレ(歯の位置・傾きによるもの)は矯正治療で改善できます。骨格的なズレ(顎骨の位置関係によるもの)が大きい場合は、外科矯正(顎矯正手術)との組み合わせが必要になることがあります。まず精密な診査・診断で原因を特定することが重要です。
Q. 矯正中に顎関節症になることはありますか?
矯正治療中は噛み合わせが段階的に変化するため、一時的に顎に違和感が生じることがあります。ただし、適切な咬合管理のもとで治療を進めれば、矯正が顎関節症の直接的な原因になるリスクは低いとされています。当院では各調整時に咬合確認・顎関節の問診を行い、早期に対応できる体制を整えています。
Q. 顎がカクカクしているのですが、矯正に影響しますか?
クリック音(カクカク・パキッという音)は関節円板の位置異常によることが多く、痛みや開口障害がなければ矯正治療を通常通り進められる場合がほとんどです。ただし、クレピタス音(ジャリジャリという音)や開口障害・疼痛がある場合は精密検査が必要です。初回カウンセリング時に状態をお伝えください。
まとめ
- 当院の矯正診断では、歯並びの評価に加えて咬合接触・顎位・顎関節の状態を系統的に診査することを全症例で実施しています。
- 咬合紙・シム・ストックを用いた咬合接触の可視化により、早期接触・側方干渉・左右バランスのズレを客観的に把握します。
- 中心位(CR)と中心咬合位(MIP)のズレ(CR-COスライド)を評価し、顎関節・咀嚼筋への負担を把握したうえで治療計画を立てます。
- 顎関節診査(触診・開口量・関節音・開口路)により、顎関節症の有無・活動性を確認します。顎関節症の活動期には矯正前にスプリント療法を先行させます。
- 咬合診査の結果は治療計画に直接反映され、治療後の機能的安定・後戻り防止・顎関節保護に貢献します。
矯正治療は「見た目の歯並び」を整えるだけでなく、噛む機能・顎関節の健康・全身的な快適さにも深く関わっています。当院では咬合診査を診断プロセスの中核に置き、機能と審美の両立を目指した矯正治療を提供しています。顎の痛み・噛み合わせの違和感・歯ぎしりなどが気になる方も、ぜひ一度ご相談ください。
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参考情報
- 公益社団法人 日本矯正歯科学会
- 公益社団法人 日本顎関節学会(顎関節症の診断・治療ガイドライン)
- Journal of Oral Rehabilitation(咬合・顎位・顎関節に関する研究論文)
監修:院長 丸川雅弘
広島大学歯学部卒業。広島タワー歯科・矯正歯科にて矯正専門外来を担当。咬合診査・顎位評価・顎関節診査を矯正診断の基本に据え、機能と審美の両立を目指した矯正治療を提供している。