【Vol.82】精密印象(歯型)採得と模型作製|咬合・歯列・スペースを実物大で全症例分析する当院の診断

矯正治療の精度は、治療計画の精度によって決まります。そして治療計画の精度は、診断に使う資料の質によって決まります。レントゲンやデジタルスキャンが普及した現代においても、精密印象(歯型)採得と石膏模型の作製は矯正診断における基本中の基本であり続けています。

当院では、矯正治療を開始するすべての患者さんに対して精密印象採得と模型作製を実施し、実物大の歯型モデルで咬合・歯列・スペースを立体的に分析します。画面上の数値やデジタル画像だけでは気づけない細部まで、手に取って確認できることが精密模型診断の最大の強みです。

本記事では、精密印象採得の意義・模型診断で何がわかるのか・当院の分析プロセスについて詳しくご説明します。


精密印象採得とは

印象採得とは、歯・歯肉・顎骨の形態を専用材料に写し取り、患者さんの口腔内を正確に再現した模型を作る工程の第一ステップです。矯正診断で使用する精密印象は、一般的な治療で使う印象よりもさらに精細な再現性が求められます。

当院が使用する印象材と採得方法

当院では、精密矯正模型の作製に適したアルジネート印象材(または精度が求められるケースにはシリコーン系印象材)を使用しています。採得時には以下の点に細心の注意を払います。

  • トレーの選択:患者さんの顎の大きさ・形態に合ったトレーを選択し、歯列全体が均一に収まるよう調整する
  • 印象材の練和・注入:気泡が入らないよう丁寧に練和し、特に咬合面・歯頚部・歯間部が正確に印象されるよう注意する
  • 硬化時間の管理:印象材が適切に硬化するまでしっかりと保持し、変形・引き裂きを防ぐ
  • 上下顎の咬合採得:上下の噛み合わせの位置関係(咬合位)を正確に記録する咬合印象も同時に採得する

石膏模型の作製

採得した印象から、硬石膏または超硬石膏を用いて精密模型を作製します。模型のベース(台座部分)は、アナライザー(咬合器)に正確にマウントできるよう規格化された形に仕上げます。完成した石膏模型は患者さんの口腔内を実物大で再現した立体的な資料であり、長期保管して経年変化の比較にも使用します。


模型診断でわかること|3つの主要分析

① 咬合分析(かみ合わせの評価)

上下の模型を咬合位で合わせることで、レントゲンや口腔内写真だけでは評価しきれない三次元的な咬合関係を詳細に分析できます。

  • アングル分類の確認:上下第一大臼歯・犬歯の咬合関係(ClassⅠ/Ⅱ/Ⅲ)を立体的に確認
  • オーバーバイト・オーバーJet:前歯の垂直的・水平的被蓋量を実測
  • 咬合の左右対称性:右側と左側の噛み合わせのズレ・Midlineのズレを確認
  • 早期接触・干渉の確認:咬合紙では見えにくい過高接触を模型上でチェック
  • 開咬・深咬合の評価:前歯部・臼歯部の咬合高径を実測し、垂直的問題の程度を把握

② 歯列弓分析(歯並びの形・大きさの評価)

個々の歯の位置・傾き・歯列全体の形を実物大で評価します。

  • 歯列弓の形態:歯列が卵形・V字形・U字形など、どのような形をしているかを評価し、治療後の目標歯列弓形態を設定する
  • 歯の傾斜・回転:個々の歯の頬舌的・近遠心的傾斜・捻転(ローテーション)の程度を確認
  • 歯の大きさのバランス(Boltonの不調和):上下の歯のサイズ比率を計測し、最終的な咬合に影響するサイズ差がないかを確認
  • 歯根の位置の推定:模型上の歯冠位置と、パノラマ・CTで把握した歯根方向を組み合わせて、歯根の移動必要量を推定

③ スペース分析(必要スペースと利用可能スペースの比較)

矯正治療で最も重要な診断のひとつがスペース分析です。歯を正しく並べるために必要なスペース(必要スペース)と、現在の顎に実際に存在するスペース(利用可能スペース)の差(スペースディスクレパンシー)を計測します。

  • 必要スペースの計測:各歯の最大近遠心幅径をデジタルノギスで実測し、正しく並べるために必要な総スペース量を算出
  • 利用可能スペースの計測:歯列弓上の実際のスペース(歯列弓長)を計測
  • スペースディスクレパンシーの算出:必要スペースから利用可能スペースを引いた値がマイナスであれば「スペース不足」。その量によって抜歯・非抜歯の判断や拡大装置の必要性が決まる
スペースディスクレパンシー目安となる治療方針
0〜−3mm(軽度不足)非抜歯+歯列弓の軽度拡大・IPR(隣接面研磨)で対応可能な場合が多い
−3〜−6mm(中等度不足)非抜歯か抜歯かを側貌・Eライン・セファロと総合判断
−6mm以上(高度不足)抜歯矯正が原則となる場合が多い

デジタルスキャンとの組み合わせ

近年、口腔内スキャナー(3Dデジタル印象)が矯正臨床に普及しています。当院でも必要に応じてデジタルスキャンを活用しており、石膏模型とデジタルデータをそれぞれの長所に応じて使い分ける方針をとっています。

項目石膏模型(精密印象)デジタルスキャン(口腔内スキャナー)
実物大の手触り・立体感◎ 手に取って確認できる△ 画面上のみ
咬合器へのマウント◎ 可能△ バーチャル咬合器での確認
長期保管・比較○ 保管スペースが必要◎ データとして永久保存・比較が容易
患者さんへの説明ツール◎ 実物で直感的に説明しやすい◎ 画面上で動かして見せられる
IPR・歯冠幅径計測◎ デジタルノギスで正確に実測◎ ソフトウェアで自動計測
治療シミュレーション△ 手作業が必要◎ ソフトウェアで自動化可能

石膏模型は「実物大・手に取れる・咬合器マウントができる」という点で、デジタルが代替しきれない価値を持っています。当院では精密石膏模型を診断の基本資料として全症例で作製し、デジタルスキャンは補完的・効率化ツールとして組み合わせています。


模型は治療経過・治療前後の記録にもなる

精密模型は診断時だけでなく、治療経過の記録・治療前後の変化の比較にも重要な役割を果たします。当院では以下のタイミングで模型を作製・保管しています。

  • 治療開始前(初診時精密模型):ベースラインの記録。治療計画立案の基礎資料
  • 治療中間時(主要ステージ移行時):計画通りに歯が移動しているかの確認
  • 治療終了時(最終模型):治療前との比較・保定計画の立案・患者さんへの結果説明
  • 保定期間中(経過観察時):後戻りの有無を客観的に評価

治療前・治療後の模型を患者さんに直接見ていただくことで、「こんなに変わった」という実感を得ていただけることも、模型作製を続ける大切な理由のひとつです。


患者さんからよくいただくご質問

Q. 歯型を採るのが苦手(嘔吐反射が強い)のですが大丈夫ですか?

嘔吐反射(オエっとなる感覚)が強い方には、トレーの大きさを調整する・材料の量を最小限にする・鼻呼吸を促す・ツボ(合谷)への刺激を使うなど、いくつかの対応をとっています。非常に強い場合は口腔内スキャナー(デジタル印象)への切り替えも選択肢としてご案内できますので、遠慮なくお申し出ください。

Q. デジタルスキャンだけではなく石膏模型も作るのですか?

当院では、精密診断の基本資料として石膏模型の作製を全症例で行っています。デジタルスキャンにはない「実物大・手で触れる・咬合器マウント」という利点が、診断精度の向上に貢献しています。ただし症例によってはデジタルのみ、または両方を使う場合もあります。

Q. 模型は治療後も保管されますか?

治療前・治療後の模型はいずれも当院で保管しています。治療終了時に治療前後の模型を並べてご覧いただくことで、歯並びの変化を実物大でご確認いただけます。保管期間についてはカウンセリング時にご説明します。

Q. 精密印象の採得に追加費用はかかりますか?

精密模型の作製は矯正治療の精密検査費用に含まれています。検査費用の詳細は初回カウンセリング時にご案内しますので、お気軽にお尋ねください。


まとめ

  • 当院では矯正治療を開始するすべての患者さんに精密印象採得と石膏模型作製を実施し、実物大の模型で咬合・歯列・スペースを立体的に分析します。
  • 模型診断の3つの主要分析は、①咬合分析(かみ合わせの立体的評価)②歯列弓分析(歯並びの形・傾き・サイズバランス)③スペース分析(必要スペースと利用可能スペースの比較)です。
  • スペース分析で算出したスペースディスクレパンシーは、抜歯・非抜歯の判断の重要な根拠になります。
  • 石膏模型とデジタルスキャンはそれぞれ長所があり、当院では石膏模型を基本資料として全症例に使用し、デジタルスキャンは補完的に活用します。
  • 治療前・中・終了・保定期間を通じて模型を作製・保管し、客観的な経過記録と治療前後の比較に活用します。

「どこの歯が問題なのか」「どのくらいスペースが足りないのか」「どんな風に治るのか」——これらの疑問に正確に答えるためには、まず精密な資料採得が欠かせません。当院が全症例で精密印象・模型作製を行うのは、診断の手を抜かないことが、最終的な治療結果の質を守るという信念からです。矯正治療に関するご相談は、いつでもお気軽にご連絡ください。


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参考情報


監修:院長 丸川雅弘
広島大学歯学部卒業。広島タワー歯科・矯正歯科にて矯正専門外来を担当。精密印象採得・石膏模型によるスペース分析・咬合分析を全症例で実施し、根拠に基づいた矯正診断と治療計画立案を行っている。

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